私自身の心と感情-10 身体の不調

高校最後の年

自宅で黙々とかなりの時間勉強はしていました。

父のことを思い出さないように、

学校から帰ってきてから、

1日10時間ほど勉強しました。

大学受験をして、また精神的に

1からやり直そうと思いました。

受験をし合格しました。



父に対する思う心をずっと引きずりながら、

学校では一人ひきこもり、

何に対しても興味を持てない

1年半そのような状態が続き、

高校を卒業しました。



高校のときと同じような感情、

意味のない友人たちの会話、

くだらない何時間も行われる授業、

クラスの持っている嫌な雰囲気。

それが大学でもあるのではないだろうか、

ついそんなことを思ってしまいます。

そして、本当の物理的な不登校に

なってしまうのではないかという思い。



大学のときはアパートを借り、

一人での生活でしたから、

行かなくても誰にも何も言われない,

追ういう思いがありました、

しかし、少しは思いが落ち着いたのか、

授業はしっかりと受け、

試験もしっかりと受けていました。

まだ母親の気持ちのことが

気になったからかもしれません。



しかし、だんだんと父の記憶は消えていきました。

大学中に感じたことは

「父はもともといなかった」というものです。

本当に実感としてそう思うようになりました。

それからは少しずつ普通の生活になっていきました。




普通に大学に通い、友人と普通に会話をし、

淡々と毎日をこなしていました。

しかし、まだ心の中には、わだかまりがありました。



身体の不調

自分の生活のことといえば、大学で建築を専攻し、

気が付くと父のあとを追いかけていました。

大学院へ進みましたが、論文が認められず、

大学院を中退するという選択をしました。



しかし、就職先から「それは気にしなくていい」

という言葉をいただき、

設計事務所に入ることができました。



やはり父との約束であった「自分が跡を継ぐよ」

というコースからはみ出すことはできていなかったのです。

死ぬほど働きました。

父に謝罪しているかのように

朝から夜中まで、休日なしで。

そのうち、だんだんと頭が働かなくなりました。

体もいろいろな場所が痛くなってきました。

心と体が解離しているような感じです。

父のことはしょっちゅう思い出します。

しかし、感情がまひして、悲しめなくなっていました。

「もう疲れた」

「一人になりたい」

「消えてしまいたい」

そう考えるようになっていました。



そのころ私は仕事で車を使って

移動していたのですが、

対向車線にはみ出してみようか、

と思うことが何度もありました。



「死ぬ」ということが

とても身近なものになってしまっていました。

自分のことを考えると「死ぬ」、

父のことを考えると「生きる」。

その二つの感情がぶつかり合っていました。

つらさに心が凍りつくような感じです。

そんな時にも、突然の悲しみが襲ってきます、父のこと。



責任、罪の浮上です。自己否定、自己評価の欠落。

不安といらだち、不眠、脱力感、無力感、動かない頭、

距離をとる、話せない、罰。

再び、父が心に現れ、私を苦しめます。


Sere.C.R.
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by nocotoco | 2018-11-12 04:46 | 私自身のこと | Comments(0)


不登校、ひきこもり、子どもの声を引き出します。


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