2018年 11月 06日 ( 1 )

私自身の心と感情-4

父の不思議 

まだ物心がつく前のことだと思います。

私が二歳の時にたった一つ

覚えていることがあります。

父親が突然家からいなくなったのです。

物心がつく前なのに

なぜかそこだけ記憶があります。

1週間くらいだと思います。



そして次のシーンは、

顔が傷だらけになっている父が、

目の前で布団に横たわり眠っているところを、

眺めている自分がいることです。

そのシーンは心に焼き付いています。



今でも理由は全く分かりません。

母は何も言ってくれなかったと思います。

ただ横になって寝ている父を

眺めていた感じだったと思います。

幼少期の記憶はそこだけ浮き出ています。

それ以外の記憶は幼稚園に

入ってからのことしかありません。



かつての記憶とは裏腹に、

毎日とても元気な父親でした。

毎日会社の人と飲んでいるか、

家で飲んでいるかの記憶しかありません。

とにかく豪快な父親でした。

父親は建築の仕事をしていて、

設計して自分で建て、

今でいう工務店のような仕事をしていました。

自分の家を自分で設計し、

そして、自分で作り、その姿を私はずっと見きました。

ただ見ているのが好きだったのです。



時たま父は「これやってみるか」と、

そばで見ている私に声をかけ、

手伝いをさせてくれました。

とても楽しかったことを覚えています。



鉋から出てくる薄い、

透けているような木が出てくるときの、

興奮というか楽しさは今でも忘れていません
木から削りとられ、薄く、

向こうが見えてしまうくらい薄い。

「あぁきれいだなぁ」

その光景が好きでたまらなかったのです。

家は父の力で、どんどんと姿を現し、

私たち家族の希望が

詰まったものに変化していきました。



建設中に借りた家は、

建設中の家のすぐ近くの平屋の一軒家。

それはとても楽しい思い出の一つです。

旅行気分で、毎日その小さな家で楽しんでいました。

お風呂がなかったので、

銭湯もまた楽しいものでした。

とても小さな家でしたから、

家族がぎゅっと詰まって寝ていました。

幼心にとても楽しかったことを覚えています。

家が完成して、貸家住まいから

新しい家に移り住みましたが、

もう少し借家住まいが長くいてもいいな、

と思っていました。



父の仕事は順調に流れ、

自分で会社を興したいと

いつも言っていました。

それが実ったのは私がまだ

6歳のころだったと思います。



父はますます仕事に力を

入れて進んでいきました。

家にいるときは、いつも大きな声で笑い、

そこには、楽しい家族の時間がありました。



父が夜に外にいるときは仕事か、

職人さんたちを連れて

お酒を飲みにいっているかです。

酔っぱらって、ほとんど騙されて買ったようなアクセサリーを、

母にプレゼントといって渡していました。

母はあきれながら怒っていましたが、

うれしそうな顔をしていました。

相変わらず豪快な父でした



そんな父の姿が見えなくなったのは、

私が八歳の時でした。

なぜ家からいなくなったかは分かりません。

豪快だったり、大笑いしたり、

突然いなくなったり、

横になり、静かにしている父、

よく分からない父でした。



いつ戻ってくるのだろうか。

毎日考えていました。

その時も母は何も言ってくれませんでした。

何か月か経ち、父は母に連れられ、

突然帰ってきました。

いつもより少し元気がなかった父でした。

「いったい何をしてきたのだろうか」

私は理由を聞きたくてしかたなかったのですが、

父にも、母にも、

その理由は聞けませんでした。

聞けなかったというより、

聞いてはいけないことのように感じていました。


その場に漂っていた雰囲気が

聞いてはいけないと言っているようでした。

数か月たって、またしても父がいなくなりました。

その時に、母の口から

「お父さんは病気になって、病院にいるの」の一言でした。

「あんな豪快な父親が病気か?身体のどこが悪いのか」

私にはまったくわかりません。

母と一緒に見舞いに行くと、

ベッドに横たわる父がいました。

2歳のころの記憶が蘇ります。

しかし、顔には傷はありません。



少しすると父は目を覚まし、

ベッドの上で起き上がり、

母といろいろと話をしていましたが、

その意味は分からず、

私の口からは言葉が出てきませんでした。

何を話せばいいのか、全くわからない状態で、

父が何故ここにいるのかもわからないまま、

私には固まってずっと立っていました。



結局その日は父と一言も言葉を交わさずに

家に帰ることになりました。

なぜ、一言も話そうとしなかったのだろうか。

今から思えば「大丈夫?」くらいの

声かけてもよさそうなものなのに。

家に着いてからも母は

父について何も話しませんでした。



いったい何が起こっているのか

全く分からりません。

いったい父の病気は何なのか。

なぜ、母は何も言わないのだろうか。

なぜ、こうも繰り返されるのだろうか。

「なぜ」が再び続いていきます。


Sere.C.R.




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by nocotoco | 2018-11-06 05:31 | 私自身のこと | Comments(0)


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